茜
私の耳元を風が通り過ぎる。
「風、気持ちいいねー」
「オレは重くて暑いんですけど」
「それ、どういう意味よー」
彼の背中に掴まり、ゆらゆら揺られる。
私の前に座る彼は、そう言いつつも、のんびりとペダルを漕いでいる。その顔には必死さなんて見受けられない。
「重いとしたら、そっちのせいでしょー?」
「いやいや、オレ一人なら楽勝よ? 後ろに乗ってる誰かさんが重いの」
「きーこーえーなーい」
「はいはい」
夕暮れの中、川沿いの道をゆらゆら進む。
見上げる空は高く、茜色。
「秋だねぇ」
彼の背に掴まり、うーん、と後ろに伸びる。
……と、
「わ、ばかっ」
ガッシャーン
彼のちょっと慌てた声が聞こえたと思えば、すぐに盛大な音が鳴り響いた。
……体が痛い。
「…ったたた…・・・あなたバカなの?」
「いったー。バカってなによー。そっちが倒れたのが悪いんでしょー?」
「いやいやいや。後ろ反りすぎだから。バランス崩すから」
川岸に二人して倒れながら、言い合いが始まる。
暫くそれが続いたと思えば、どちらとも無く顔を見合わせ笑い出した。
「あは、あははっ」
「ははは、何やってんのかねー、おれたち」
「自転車で倒れるとか、ありえないし」
ひとしきり笑った後、横になった自転車の下から抜け出し、草の上に仰向けに寝転び、空を見上げる。
「きれー…」
目の前に広がるのは朱く染まった夕焼け。
「空、高…」
「秋だもん」
「そらそうだ」
そう言って会話が途切れた。
二人して、眼前に広がる美しい景色をただただ見つめていた。
広い空の下、二人並び寝転がっている。
言葉なんて無くても、落ち着く彼の隣。
そっと手を伸ばせば、その上に彼のそれが重なった。
伝わってくる、温かい彼のぬくもり。
その温かさに、心がほっこりあたたまる。
トクントクンと伝わる鼓動。
瞳をそっと閉じた二人の頬は、空を映したように綺麗な茜色だった――