目の前で倒れるキミを
オレはまるで、スローモーションでも見ているかのように
ただただ、見つめることしかできなかった―――――
キミヘ…
数ヶ月ぶりに会ったキミは、いつものように、待ち合わせ時間と同時に現れた。
いつものように、無邪気な笑顔を向けて。
いつものように、幼さの残る顔に薄っすらと化粧をして。
「ギリギリ間に合った〜」
「いや、3秒遅刻」
「え〜。たった3秒じゃない」
「3秒でも遅刻は遅刻」
「…いじわる」
いつもと同じようにバス停で待ち合わせ、本屋へと足を向ける。
デートとは言えないようなデート。
以前、友人たちにその話をしたところ、それじゃあ彼女が可哀想だ、と散々言われた。
けれど、キミは、文句も言わずについてきてくれる。
ただただ、笑顔で。
「元気だった?」
「ああ。色々と忙しいけど、結構充実してるし」
「そっか。良かった」
「…そっちは?」
「え?」
「最近全然メールくれなかったから…少し心配した」
「あ…ごめん。ちょっと忙しくって」
ごめんね、と苦笑を向けるキミ。
いままでなら、毎日のようにメールを送ってきていたキミだった。
だから、心配になったのは事実。
けれど、自分の生活が忙しすぎて、こちらからメールを送ることができなかった。
オレがこっちに帰ってきたことを告げるメールを送ったとき、漸くキミからのメールが届いた。
その内容は、明日会えるか、いつ会えるのか、早く会いたいというものばかりで、正直驚いた。
キミがそんな風に積極的に言ってくれることなんて、今までになかったから。
結局、なかなかオレの都合がつかなくて、オレが帰郷して2週間経った今日、キミと会うことになった。
今日、こうやってキミに会えて安心した。
隣にキミがいると、やはり、落ち着くと思った。
ふと向けた視線が、キミの手で止まる。
「…あれ?」
「どうしたの?」
「指輪。…いつもと指が違うと思って」
「あ、これ? 実は前の指だとちょっと緩くて…落としたら困るから変えたの」
「そっか」
「大切なものだから、ね?」
そう言ってはにかむキミの手を引いて信号を渡る。
そっと握り返される手に、驚いた。
いつもなら照れて嫌がるキミだから。
驚いて視線を向けると、そこには照れたような笑顔。
「たまには良いかなって」
「ふーん。…明日は雪かな」
「ちょっと。それどういう意味よ…」
「別に、大した意味はないけど」
「ウソツキ。今、秋だし。雪降るわけないし」
本屋に着いて、オレは自分の目当ての場所へと進む。
キミは漫画が並ぶコーナーへ行き、それを手に取るわけでもなく、ただ眺めていた。
オレはそのまま、好きな作家のコーナーで、軽く立ち読みを始める。
これが、いつものオレたち。
いつもならこの後、疲れてきたキミがオレを呼びに来て、二人で外へ出る。
でも、今日は少しだけ違った。
ふと気が付くと、キミは自販機の前にある椅子に腰掛けて、ぼんやりと前を見つめていた。
「疲れた?」
「あ、ううん。大丈夫だよ」
声を掛けると、キミは驚いたように顔を上げ、その後すぐに笑顔を浮かべた。
友人たちに言われた言葉が頭を過ぎる。
「じゃあ…つまらない?」
「え?」
大きな目を更に大きく開いたキミ。
きっと図星だったのだろうと、そう思った。
「ごめん」
「え、何で謝るの? 違うよ? つまらなくないよ?」
「いや、ごめん。これじゃ、デートの意味ないな」
「そんなことないよ? 私は、一緒にいられればそれで良いんだから」
どうしてだろうか、何か、いつもと違う。
キミの口からそんな言葉が出てくるなんて、珍しい。
それに、どうして嘘をつくのだろうか。
本当のことを言ってくれればいいのに。
「嘘、つかなくていいから」
「嘘なんてついてないよ?」
「つまんないんだろ」
「そんなことないって」
「本当のこと言って」
「だから…」
「言ってくれていいから」
「本当に、つまらないとか…思ってないよ」
キミの瞳が、揺れる。
「本当に、一緒にいられるだけで…会えただけで、嬉しいんだって」
「それだけは、信じて」
そう言ってオレを見たキミの淋しそうな顔に、心が締め付けられた。
オレが何か言葉を紡ごうと、口を開きかけたそのとき…
キミの身体が、傾いた。
「え…?」
ドサッ…
何が起こったのか、わからなかった。
突然、目の前でキミが倒れた。
すぐに駆け寄りたいのに、体が言うことをきかなくて…
石のように重い足を叱咤して、漸くキミの許へ駆け寄った。
抱き上げたキミの顔は雪のように真っ白で、言葉を失った。
抱き上げたキミの軽さ、細さに、ぞっとした。
――――実は前の指だとちょっと緩くて…
どうして気付けなかったのだろうか。
こんなにも細くなっていたキミに。
どうして気付けなかったのだろうか。
こんなにも白い顔をしていたキミに。
気付くことができなかった自分が悔しい。
いつもと様子が違ったキミ。
それに気付いていながらも、キミの異変に気付いてやれなかった自分。
キミの笑顔が、脳裏を過ぎる。
どうしてもっと早くに、キミに会いに来てやらなかったのだろうか。
どうして、もっとキミの傍にいてやれなかったのだろうか。
「ごめん…ね…」
最期に聞いたキミの言葉。
謝るのは、オレの方だった。
キミは何も悪くないのに、涙を零して紡がれた言葉。
オレはそんなキミを、ただただ、抱きしめることしかできなかった。
ただただ、涙を流すことしか、できなかった。
後で聞いた。
キミはオレにメールをくれなくなった頃から入院していたのだと。
後で聞いた。
キミと会ったあの日、キミは病院を抜け出してきていたのだと。
後で聞いた。
キミは、あと1ヶ月も生きられないと、言われていたのだと…。
オレはキミに何もしてやれなかった。
きっと、淋しい思いばかりさせていた。
それでも笑顔を向けてくれたキミ。
今になって気付くなんて遅いけれど、
「ごめんな…」
精一杯の思いを込めて、キミへ…
「ありがとう…」
見上げた空は青く澄んでいて
オレの心に、深く染み込んでいった―――――