南天
「……意味がわからないんだけど」
津田瑞穂は、津田家の炬燵で丸くなっている日笠閨志を見下ろし、そう呟いた。
「そこ寒くない?」
炬燵に頬をすり寄せるようにした姿勢のまま、閨志が言う。
そんな彼を、右足の横で小さく拳を握り締めながら見詰めていた瑞穂だったが、一つ息を吐くとそのまま彼の向かいに腰を下ろした。
帰宅した瑞穂が一番に感じた違和感は『香り』だった。普段の津田家にあるはずのない、甘ったるい、よく知ったその香りは、ほぼ毎日のように自分の近くに存在する誰かを
思い出させるには十分すぎるものだった。そして案の定、リビングのドアを開けた瑞穂の視界に入ってきたのは、その『誰か』と甘い香りの原因『いちごみるく』だった。
「……ナチュラルすぎる」
溜息混じりに言えば、何が? と視線だけを向ける閨志。その姿に、炬燵で丸くなる猫の姿が重なる。
「何で当然のように人の家の炬燵で寛いでるのよ。しかも家の人間が誰もいないのに」
「だって、おばさんに頼まれたから。瑞穂が来るまで留守番しててって」
「……お母さん」
がっくりと項垂れる瑞穂。
昔からの付き合いがなせる業であることは確かだが、それにしてもなんだか。
ふぅ、と一息吐き、横に置いていた箱をテーブルの上に置くと、ゆっくりとその蓋を開いた。
中には小さなケーキが四つ。
瑞穂の両親と瑞穂の分とあと一つ。
「クリスマスケーキ。閨志の分もあるから」
そう言うと瑞穂は席を立ち、お皿とフォーク、そして紅茶を運んできた。そしてそれをそれぞれの席に並べ、再び腰を下ろす。
ケーキを箱から取り出していると、閨志が僅かに上体を起こし呟いた。
「……いちご、のってる?」
瑞穂は手を一瞬止め、彼の方を向く。
「……私を誰だと思ってるの」
そして、にっこりと笑うと、薄いグリーンのツヤツヤした葡萄が乗ったショートケーキを取り出した。
「はい、閨志の分」
「……ぶどう?」
「そう。ぶどうのショートケーキだって。珍しくない?」
言いながら、自分は苺の乗ったショートケーキを取り出す。
その様子をじっと見詰める閨志。その姿はやはり猫のよう。
「じゃ、食べよっか」
「うん。ありがとう」
閨志はケーキを手元に引き寄せ、口に運ぶ。
瑞穂もそれに倣い、一口。
「それにしても、閨志って変よね」
「?」
「あんなに『いちごみるく』が好きなくせして、本物のいちごは嫌いだなんて」
「全然味が違うから」
「……当たり前」
「いちごみるくは優しい味」
手元のいちごみるくを一口啜り、うーん、と伸びをした。
自分のケーキを食べ終えたとき、閨志が静かに口を開いた。
「そういえば瑞穂」
「何?」
「最近変なこととかない?」
「変なこと?」
「……ないならいい」
首を傾げれば、閨志は一人小さく頷いて自分だけ納得している様子。それがとても気になってしまう。
「え、何?」
「別にいい」
「気になるでしょ!?」
そう言って身を乗り出した瞬間、目の前に突如赤いものが現れた。それの先っぽ、緑色の部分が前髪に触れる。
「え?」
「クリスマスプレゼント」
よく見れば閨志の手には一枝の南天が握られていて、それをこちらに差し出していた。
……それにしても、何故南天。
疑問符を浮かべながらも受け取ると、閨志はまた先程のように炬燵に頬を寄せた。
ツヤツヤの作り物のような赤い実に、これまたツヤツヤした深い緑色の葉。確かにクリスマスカラーではあるが、どちらかというとこれはお正月なのではないだろうか?
確か南天は魔除けになるというけれど……
そこでハタと気が付いた。
先程の閨志の言葉。
……もしかして。
「閨志。私、何か憑いてる?」
閨志はまたもや視線のみをこちらに向けたと思えば、すぐにその瞳を閉じた。
「大丈夫。悪いものじゃないみたいだから」
「え、そういう問題じゃないでしょ!」
「……それ、オレの家の庭に生えてたのだから」
だから大丈夫、そう呟いたと思えばすぐ、小さな寝息が聞こえてきた。
早いな、と少し呆れながら、受け取った南天をぼんやりと眺めて微笑む。
「ありがと」
少し不思議なクリスマスプレゼントを手に、少し腑に落ちないような思いを胸に、瑞穂も炬燵に頬を寄せて静かに眠りについた――