あの日、キミと見上げた青空は
 ひどく高く、澄んでいた


 


 学校からの帰り道、少しだけ遠回りをして川沿いを歩く。
 時折吹く風が心地いい。
 再び吹いてきた風に靡く髪を押さえながら目を細め、うーんと伸びをしたあと、前を歩く背中に声を掛けた。

 「颯人」

 黙々と歩いていた彼の足が止まり、こちらを振り返る。
 少しだけ歩調を速め彼の隣に並ぶと、頭の上に疑問符を浮かべている彼の額に人差し指をコツンと当てた。

 「速いよ」

 そう言うと、彼はキョトンとしたその表情を苦笑に変え、次いで照れたように笑った。

 「ごめん」

 その照れたような表情が、私は好きだった。
 いつもは余り表情に出さない。
 ソウイウコトに関してだと、尚更。言葉にも出さない。
 けれど二人だけのとき、ふとした瞬間に見られる彼のその表情。
 私だけが見ることができるカオ。

 「コンパスの差を考えて歩いてください」

 そう言っておどけて見せると、再び彼はあの表情で「ごめん」と言った。
 その言葉に一つ微笑むと、私は一歩踏み出す。
 それに倣い、彼も歩き出す。
 今度は、先程よりもゆっくりとした歩調で。
 右隣を見上げれば、照れているのか、少しだけ赤くなった彼の顔。
 思わず、それを見てにやけてしまう。
 そんな私に気付いたのか、彼は少しだけ目を細めてこちらを向いた。

 「ゆるみすぎ」

 彼の左手が、私の頬をつねる。

 「ゆるんでない……痛いって」

 頬を膨らませて彼を見返す。
 すると彼は、少し笑ったあと「まぁ、いいか」と続けた。
 今度は私の頭の上に疑問符が浮かぶ。
 声には出さず、首をかしげたまま瞬きを繰り返す。
 その様子を見て察したのだろう、彼は先に歩き出し、背中越しに言葉を投げてきた。

 「オレの前でだけだからな」
 「……え?」

 聞き返すが、返事は無い。

 「何、なーに? 何て言ったの?」
 「何でもない」

 振り向きもせず、止まりもせず。
 次第に距離は、離れていく。
 慌てて小走りで駆け寄り、再び隣に並ぶ。
 彼はまた、前を向いたまま黙々と歩いている。
 その顔は、いつもの無表情。

 本当は聞こえていた。
 そして、気付いていた。
 先を行く彼の耳が赤かったことに。
 思い出して、また顔がにやけてしまう。

 「……またゆるんでる」
 「何でもなーい」

 深呼吸するように、空を見上げる。
 するとそこには、飛行機雲。

 「わ、飛行機雲」

 私の言葉に、彼も足を止めて空を見上げる。

 「ホントだ」

 暫く二人で、黙ったまま空を見上げていた。

 「キレイだねー」
 「高いな」
 「真っ青だよ、真っ青」
 「澄んでる、って言えばいいのか」


 見上げた青空は、ひどく澄んでいて。
 横切る飛行機雲は、余りにも白くて。

 何気ない景色かもしれない。
 何気ない日常かもしれない。

 けれどそれが、あの日の私達には、とても美しく映っていた。